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信楽園病院の腎移植の取り組み


 腎移植は尿毒症から完全に脱却する唯一の治療法です。治療の質から考えて、現在透析中の多くの患者様が最終的な治療ゴールとして期待していると思われます。当院は透析センターとして昭和43年(1968)より維持透析治療を行い、12年後の昭和55年より腎移植を始めました。全診療科の協力と新潟大学第二外科、泌尿器科などの応援を得て、平成18年末までに49例(生体腎33、献腎16)の腎移植を行っています。

 

第一例目は、母親から18歳の男性が生体腎移植を受けました。その後8例が生体腎移植を受けましたが、この頃は免疫抑制薬の種類も少なく激しい拒絶反応が頻発しました。

 昭和61年に画期的な免疫抑制薬であるシクロスポリンが導入され、移植の成績は大きくに改善しました。重篤な細菌感染症、急性拒絶反応は激減し、移植はかなり安全なものになりましたが、ウイルスなどの感染症は増加しました。しかし、このようなウイルスに対しても特効薬ともいえるいくつか薬剤が開発され、移植の症例数も急激に増加しました。

 しかし、その後、当院のみでなく日本全体でみても腎移植件数は平成元年をピークとして、生体腎,献腎とも減少傾向を示しています。生体腎移植の減少は、若年の透析患者の減ったこと、献腎移植の減少は、法的な整備がないため、医療機関が二の足踏む状況が続いたためと考えられます。

 このような中、平成7年4月1日に社団法人日本腎臓移植ネットワーク(現在は社団法人日本臓器移植ネットワークに改組)が発足しました。このネットワークは、全国統一組織であり、公平、公正、厳選、迅速な腎臓移植医療の発展をめざし、臓器のあっせん業務をとり行う公的な機関です。既に年間約160件を越える献腎移植をコーディネートしています。

 このネットワークの機能により、当院ではこれまで16例の献腎移植を行っています。その中には、透析歴26.3年という、調査した限りでは日本の移植症例の中で最長透析歴の方もいます。このような超長期例の成功により、これまで移植を諦めていた多くの、特に長期の透析患者様が移植希望の登録を行うようになっています。信楽園病院は、このネットワークの中で、(1)透析施設、(2)移植実施施設、(3)HLA検査施設の3つの機能病院として登録し、新潟大学と連携をとりながら腎移植を行っています。

  

腎移植年表


当院の腎移植年表を関連ある出来事と対比して別表に示します。
主なできごととの対比 ●は当院の関連
1956 日本初の生体腎移植(新潟大・泌尿器・楠)
1966 日本の最長透析症例が透析開始(新潟大学 → 信楽園)
1967 世界初の心臓移植(南アメリカにて)
1968 信楽園病院 慢性透析治療開始
1968 日本初の心臓移植(札幌医大)
1980 生体腎移植 第1例
1985 信楽園病院 脳死ドナーから腎摘出
1986 画期的な免疫抑制薬シクロスポリン発売.拒絶反応が激減
1988 日本医師会生命倫理懇話会が脳死を人の死とする最終報告
新潟県腎臓バンク発足
信楽園病院の脳死ドナーから献腎移植 第1例
水原郷病院の脳死ドナーから献腎移植 第2例
1989  世界的な科学雑誌「Nature」が"Niigata Prefecture Hospital group"の移植活動を紹介
1990 ●  新潟市で第5回腎移植推進国民大会(信楽園病院,平沢由平先生開催)
1995 社団法人日本腎移植ネットワーク発足
1996  強力な免疫抑制薬タクロリムス(FK506)が腎移植にも適応拡大
1997 脳死移植を制限付きで認める移植法案(臓器移植法)が成立
この法律の施行にしたがって「(社)日本腎臓ネットワーク」は心、肝などの多臓器移植にも対応するため、「(社)日本臓器移植ネットワーク」に改組
1999.2月 脳死心臓移植施行(大阪大)
2000.4月25日 信楽園病院 臓器移植法に基く献腎移植施行


ドナーカード


現在のドナーカードは自由配布制です、既に2000万枚が病院や市役所などの公共機関の窓口で配布されました。臓器を提供したくない人の意志も尊重されるようになっています。



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